僕の同僚は舌打ちをする。
コルクラボマンガ専科の課題の一つに「日常をスケッチして #スケッチブックス のハッシュタグで公開する」という物があります。僕は(まんが家志望の受講生でなく)聴講生なので投稿の義務はないのですが、楽しそうなので投稿してみます。まんがではなく文字ですがご容赦を。
舌打ちというのは難しい物だ。僕は大体音が大きい。客観的に見て、人より音が大きい、ということはないと思うのだけどする時はいつも自分が思っていたより大きな音がしてしまう。会社でリポビタンDを飲んで空き瓶を捨てようとごみ入れを手前に引き出し(職場では収納棚の一エリアを空き缶入れに、一エリアを空き瓶入れに割り当てている)、中をろくに見ずに投げ入れたところ金属とガラスのぶつかる、人を驚かせがちな音をさせてしまったことがある。予想していたのと違う結果にしてしまった、自分で自分の振る舞いをコントロールできていない、こういうことに僕は弱い。思わず舌を打つ。これまた予想外に大きな音がする。コントロールできていない。誰が聞いているわけでもないのに、恥ずかしくなって、誤魔化すように、いや、誤魔化すために小さい舌打ちを何度も続けてちょっ、ちょっ、ちょっとやることで、飽くまで自分で意識しながらやっていることですよ、というアピールをしたりなんかする。
「北市さんも舌打ちってするんですねー」と、通り掛かった同僚が驚く。
聞いてる奴、もとい、聞いている人がいた。しかもちょっ、ちょっ、ちょっ、の意図は通じていなくて、思わず舌打ちした事実が伝わってしまっている。もうだめだ。
「え、しますよ、割と。独り言もよく言うし」
しどろもどろに言い訳になっていない言い訳をしながら(そもそも言い訳は必要ない)自分の瓶をごみ入れの外に出した後、中の箱にごみ袋を被せてまた瓶を入れる。底にまで手を伸ばして置く。音をさせない。その間に同僚は離れて行き、僕は目を合わせずに済む。
僕の同僚は上手に舌打ちをする。
ある日、日報を書いた時に(日報は社内で公開されている)彼女がコメントをくれて、そこからひとしきり会話をしたことがある。それは東京と地方の違いについてで、彼女の地元が茨城であることを僕はそこで初めて知った。そのつもりだった。でも彼女は以前にも言ったという確信があるらしくて、それを憶えていないことが不満な様子を、親指を立てた握りこぶしを下に向けた絵文字で示した。Go to hell.
翌日彼女を含めた何人かとの間で、動物園の話になった。彼女は大のパンダ好きで、むしろ彼女自身がパンダだ(と本人は主張している)。和歌山の動物園で生まれたパンダに、名前が付けられたというニュースをアレクサが教えてくれたので、そんな彼女に報告に行ったのだった。
「そう言えば札幌の動物園にホッキョクグマ館が出来ていて、ホッキョクグマとアザラシが展示されていましたよ」と、札幌に実家を持つ僕が言う。
「いいね」
「正月に見て来ました」
「うちの地元の動物園はね……」
「そう言えば茨城出身でしたっけ?」
彼女は青の濃いアイラインの目で僕を睨み、頬を膨らませて見せ、舌打ちをする。その迫力に僕は条件反射で縮こまる。
一拍を置いて彼女が眉根の皺を解き目尻を下げた。ほっとする。
自分の振る舞いをコントールできている。僕もコントロールされて、緊張と弛緩を楽しめている。
彼女は上手に舌打ちをする。